長者番付
確定申告も終わり、やれやれといったところだが、これから迎える今月20日の振替納税に頭を抱えている人も多いのではないだろうか。
かつては申告が終わると高額納税者が公表された。最初は所得金額(収入額)だったが、1983年からは納税額に変わった。高額納税者を世間に発表することは、納税によって社会に貢献している人として顕彰する意味もある。リストに載った人は、ひそかに誇らしい気持ちになっただろう。
しかしこの制度が導入された当初(1947年)、真のねらいは全く別のところにあった。それはなんと「脱税防止」。
高所得者リストを多くの人に見てもらって、
「あれ、あの人が載っていないなんておかしい」
「あの人、もっと収入あるんじゃないの」
そんな情報を課税当局は期待していたようだ。なぜなら情報を提供してくれた人に、脱税発見額に応じて報償金を出す「第三者通報制度」があったからだ。ただこの制度、通報の動機が怨恨や報復によるものが多かったため、すぐに廃止されてしまった。(1954年)
ところが、その後この制度は予期せぬ方向へと展開する。名簿に載った高額納税者が寄附を強要されたり、高額美術品などの営業攻勢を受けたりするケースが多発するようになった。さらには窃盗や誘拐のターゲットにもなり、実際に神戸では資産家家族が暴力団に殺害された。また、名簿に載った人の多くの自宅に窃盗が入ったようだ。
そこでリストに載らないように、確定申告で所得税額が1,000万円以下になるように申告をしておいて、4月1日以降に修正を出すという「公示逃れ」をする人が出てきた。加算税や延滞税を払ってでも身の安全を確保する、何とも切ない手段だ。ところが課税当局は、最初は容認していた公示逃れを脱税として厳しく取り締まるようになった。
一体何のための公示なのか。納税者や課税当局を混乱させながら迷走を続けた高額納税者公示制度は、2005年の個人情報保護法施行によってとどめを刺され、2006年に廃止された。
高額納税者=資産家とは限らないが、高額納税者リストは長者番付としての意味合いを持っていた。やはり日本や世界の長者はどんな人か知りたいものだ。
長者番付で有名なのは、アメリカの経済誌『フォーブス』が発表する世界の個人資産番付である。このほど2015年版が発表された。
それによると世界一はマイクロソフトのビル・ゲイツ氏(アメリカ)で、資産792億ドル(9.5兆円)。2位が実業家(通信事業など)カルロス・スリム氏(メキシコ)で、771億ドル(9.25兆円)。この二人でここ数年トップ争いをしている。
日本人トップ(世界41位)は、ユニクロの柳井正氏で202億ドル(2.42兆円)。2位(世界75位)はソフトバンクの孫正義氏で、141億ドル(1.69兆円)。
金額が大きすぎて、ため息も出ない。
富豪への糸口
大富豪といえば、そんなトランプゲームがあった。裏返しに「大貧民」ともいう、資本主義社会を見事に再現したゲームで、けっこうハマる。やったことがある人は多いと思うが、一応説明しよう。
5人でやるゲームで、カードが配られると大富豪は手持ちの中から不要なカード2枚(資産価値のないもの)を大貧民に与え、大貧民は最も価値のあるカード2枚を大富豪に献上しなければならない。富豪と貧民間は同様に一枚ずつ交換される。平民は配られたカードのままで戦う。こうして富豪は貧民から搾取し益々富み、貧民はますます貧しくなる。
大きな格差に苦しむ大貧民からゲームはスタートする。カードを決められたルールで場に出していき、最も早く手持ちのカードを出し切った人が大富豪の地位を得る。以下、富豪、平民、貧民、大貧民にランク付けされる。
価値のない弱いカードばかりの大貧民は最初に口火を切っただけで、ほとんど何もできないうちにゲームは終盤に。たいてい平民か貧民同士の戦いで終わる。ちなみにカード配りは大貧民がさせられる。持たざる者は労働を強いられる。この辺も実社会を皮肉っていて面白い。
しかしいつも大貧民が負けているわけではない。弱いカードながら、揃うと強くなったりして、あれよという間に大貧民が一番乗りすることもある。一夜にしてクーデター的に大貧民が大富豪にのし上がることもあるのだ。
19世紀後半~20世紀初頭、経済的な格差はひどく、フランスではトップ1%の資産家が国家の富の60%を占有していたという。それが二回の世界大戦と大恐慌によって、資産家の富が戦費にとられるなどで格差社会が縮まった。
しかしまた資本主義の世界は格差が広がってる。フランスの経済学者トマ・ピケティ氏は、過去200年の税務統計を分析した。
このまま富が適切に分配されないと、経済が成長するスピードより、資産が利益を産むスピードが上回るので、富はますます資産家に蓄積され、資産格差がどんどん広がる。そして社会は不安定になるとピケティ氏は結論付けている。
働いて得られる利益より、持っている資産が産む利益の方が大きいとの指摘は、私たちの夢を打ち砕く。
今世界中で論議を巻き起こしているピケティ氏の著書「21世紀の資本」の売り上げは世界で160万部を超えた。一度読んでみようと思うが、何しろこの本、5,940円、728ページの大部には気が引ける。しかし読まずして語ることはできない。いつか読んだ暁には、また話題にしようと思う。
蓄積された資本がパワーを持つことを経営に応用したのが松下幸之助の「ダム経営」だ。資金、設備、人材をしっかり蓄えること。蓄えることで資金にも設備にも、人材にも余裕が出る。余裕を持って経営しなさい、という松下幸之助氏の教えだ。
蓄積は余裕を生むだけではない。蓄積された資産はさらに富を吸引する力を持つので、資金や人材が益々集中する。こうして好循環が起こり、経営はますます余裕を持って発展していく。
トランプの大貧民ゲームのように、弱いカードだって集まればユニークな力を発揮し、大富豪を倒すこともある。それと同様に、自分は弱い貧民、大貧民だと嘆いているばかりでは、格差社会の渦に飲み込まれてしまうだけだ。手持ちの資産をユニークな視点で見つめなおし、新しい価値、隠れた価値を活かさなければならない。
ビル・ゲイツは、当時電子計算機業界の大御所、IBMが価値なしとして見向きもしなかったパソコンの将来性を見抜き、基本ソフトを開発した。IBMが捨てたカードを拾って世界一の大富豪になったのである。