みすず通信 第4号

一、「親権」は権利か義務か

ご存知のとおり、親は未成年の子供に対して親権を有しています。そして、「親権を行うものは、子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。」とされていました。

親権者は誰に対して義務を負うのでしょうか。

明治憲法下にあった戦前は、親が国や社会に対して負う義務と考えられていました。しかし、人権思想にもとづく現行憲法下では、子供も権利(=法的に保護される利益)を享有する主体であり、親の愛情を受けて健全に生育できる権利を有していると考えられます。従って、親がこうした子供の権利を全うさせるために子供に対して負う義務と考えるべきです。

misuzu4-1そうした義務を果たすために、親権者は、国や社会の不当な干渉や第三者による侵害を排除する権利を有しています。とともに、子供を望ましいと思うように育てることができる親自身の権利としても保障されていると考えられます。

これまでは、親の教育に国が過度に干渉した戦前の反省とともに、子供自身が権利の主体であるという観点が十分でなかったためか、こうした親の権利としての側面が強調され、優先されてきた嫌いがあるように思われます。

二、児童虐待の増加と親権に対する制限の拡大

しかし、親権が子供の健全に成長できる権利のためにあるならば、虐待という親権の濫用に対して親権が制限を受けるのは当然です。広く子供の権利を阻害する不適切な親権の行使も同様でしょう。

厚生労働省の統計によると、全国の児童相談所が処理した児童虐待相談が、平成21年度には4万4211件となり、10年前の4倍に増加しています。また、警察庁の統計でも、児童虐待事件数が増大しています。

ところが、これまで虐待通告を受けた児童相談所が児童保護のために親権を制限するには、「親権喪失宣告」を家庭裁判所に申し立てるしかありませんでした。

しかし、一旦親権喪失を宣告されると親権の回復は困難であり、親子関係にとって重大な結果を招くことになるため、児童相談所も家庭裁判所も極めて慎重でした。最高裁の統計によると、平成20年と同21年の2年間で、申立は計12件に止まっています。

そこで、今般民法が改正され、「親権を行うものは、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。」とされるとともに、「親権の行使が不適当であることにより子の利益を害するとき」は、家庭裁判所が一定期間(最長2年間)に限り親権を停止するという制度が新たに導入されました。これにともない親権喪失制度も改正されました。

三、改正の行方

今回の改正により、親権が子供の利益(権利)のためにあることが明記され、子供の権利を阻害する親権の行使に対する制限が拡大されました。子供の権利にとって一つの前進といるでしょう。

一方で、子供自身が権利の主体であるということや児童虐待等の社会的背景をしっかり意識していないと、「子の利益のために」という名目で親権に対する過度な制限や介入を招く恐れがあるという視点も忘れてはいけないと思います。

改正の行方を本来目指したものにするのは正にこれからです。

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後記(ご挨拶)

これまで司法の世界は市民生活とはかけ離れた存在で、弁護士も市民からは遠い存在と思われてきました。しかし、裁判員裁判が始まり、司法の世界が今までよりも身近になっていくように思います。
そんな時代の流れのなかで、私たちも、「社会生活上の医師」として、暮らしの中で起こる様々な法律問題を解決するための身近な存在になりたいと考えています。そのためには、弁護士からも積極的に情報発信していくことが必要だと考え、「みすず通信」を発行しています。
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